【どっちが優秀?】口先だけの利口な人、考えなしに動く人ー最終的には「結果を出せる人が強い」という事実ー

“僕だって、本気を出したらすごいんだからね!!”

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「起業して豊かな生活を送りたいな」

「たくさんの人と知り合いになって、世界中を飛び回りたいな」

「世間をあっと言わせる発明をするぞ」

 

人それぞれ、いろんな夢がある。小さな夢から、大きな夢まで。

一見実現できそうにない夢でも、そこへの道のりはほんの小さな一歩から始まっている。資格を取得するでも、会社を設立・経営するでも、イラストを描いて有名になるでも、ダンサーになって世界の舞台に飛び出すでも、全ては「第一歩を踏み出すこと」が必要となる。

 

最近読んだ記事のテーマが興味深かった。

【東洋経済ONLINE】「堀江貴文氏「“でも”が口癖の人は一生ダメ

いつでも「本音」で語り、やりたいことを凄い勢いで成し遂げてきたホリエモン氏に、その生き方について聞いた。
※前回記事: 堀江貴文氏「なぜみんな本音を言わないの?
本音で生きるために必要なことは、3つあると思っている。

1つは、「言い訳」しないこと
2つめは、「バランス」をとろうとしないこと
3つめは、「自意識」と「プライド」を捨てること

上の記事では、インターネットビジネスの風雲児であるホリエモンこと堀江貴文氏が「本音で生きるために必要なこと」を説いている。この記事を読んでから、実際に「本音で生きる」を読んでみたが、書いてある内容はほぼインタビュー記事のままだったので、エッセンスだけ読みたい人はインタビュー記事を参照してほしい。

 

確かに、「何かを実現したいな」とぼんやり考えていても、その先に“でも、今はちょっとタイミングが悪い”とか、”親(又は恋人)が反対しているからできない”とか、“お金がないからできない”といった「言い訳」が頭に浮かんでくることがある。だが、こういった「言い訳」は本当に正しいのか、そして実際に「行動を起こすこと」への不安を解消するまでの流れについてまとめてみたい。

 

“お金がないから、やりたいことができない”という「言い訳」

たとえば、「お金がないからできない」という言い訳。

いまや熱意とやる気があれば、お金や人を集めることは不可能ではない。たとえば、クマムシ研究家の堀川大樹さんは、有料メルマガ、LINEスタンプなどをつくって、自分自身で研究資金を稼ぎ、自分のやりたい研究を自由にできる環境を作り上げている。

そもそも疑問に思うのだが、「お金がないからできない」と言っている人は、いったいいくらのお金があればできるのだろうか。お金が問題ではない人も多いように感じるのだが。

【東洋経済ONLINE】「堀江貴文氏「“でも”が口癖の人は一生ダメ」

ただ、今の時代は以前よりも資金集めが圧倒的に楽になっている。

元手に余裕があるなら、株式・債権・投資信託・為替取引等の資産運用で、元手を増やすこともできる。Web、パソコンやインターネットに詳しいなら、ブログやウェブサイトを作成して、アフィリエイト収益を得ることもできる。イラストが得意なら、ペンタブとパソコンだけあれば、スタンプ用のイラストを作成して、LINEのクリエイターズマーケットを通して販売することも可能となる。それに、誰もが共感できる社会的意義のある大きなことを成し遂げたいという思いがあるのなら、「クラウドファンディング」といった方法も考えられる。

つまり、「資金集め」も、「他人からのアドバイスという名の雑音」も全ては言い訳でしかないということになる。

 

“知識が足りない”という「言い訳」

「自分には才能がないから」といって、行動しない人もいる。しかし、どんな功績を挙げた人でも、その人の努力によるところが、ないはずがない。僕だって、才能があるかどうかといったら、別にそこまですごい才能があるとは思わない。

結局、「自分は凡人だから」と言ってしまった時点で、「自分は今のままでいい」「努力したくない」と言っているようなものなのだ。そもそも、才能なんて、やってみないと、自分にあるかないかなんてわからないのではないだろうか。それなのに、やってもいないのに「才能がない」とうのはまったくの勘違いだと思う。

「でも」「でも」と言い訳を積み重ねてきた上に、今の自分がいる。「でも」という縛りをとってあげるだけで、もっと自由に行動を起こしていけるのではないだろうか。

【東洋経済ONLINE】「堀江貴文氏「“でも”が口癖の人は一生ダメ」

“やりたいことはあるけど、まだそこまでの知識が備わっていないから、まずは学校に勉強しに戻るか、どこかの会社でアルバイトとして下積みを経験するよ”という意見を聞くことも多い。確かに、それも夢を達成するための一つの道のりだと思う。

 

ただ、

 

・悠長に「お勉強」をしている間に、他の人に先を越されてしまったら?

・勉強をした結果、勉強そのものが面倒になって、道半ばであきらめてしまったら?

・数年経過したら、マーケットが縮小していたら?

 

「お勉強」自体は、どんな夢を叶えるにあたっても非常に重要なのはよくわかる。むしろ、「どんな困難が立ちはだかっても、常に学ぶ姿勢」でない限り、他の人がまだやっていないこと、自分にとって未知のことを達成することはほぼ不可能といっても過言ではない。

そういう場合にこそ、「お勉強」をしながら、「実践もする」という選択をしてみたらいいのだろう。考えてみれば、誰も「勉強しながら実践しちゃダメ」なんて言っていないのだから。むしろ、そういうことを口にする人ほど、実は何も実現していなかったりしているから、耳を傾けてはいけない人だったりする。

一番いいタイミングというのは、「やりたい!と思い立ったとき」だ。だったらいっそのこと、学びながら行動をしてみたらいいじゃないか。

 

“失敗したら怖い”という「言い訳」

”失敗したら恥ずかしい”

”失敗したら生きていけない”

新しい挑戦をしようと試みるときに、頭の中に浮かぶ声のほとんどは「失敗への恐怖」だろう。

 

正直に言えば、僕自身、普通のサラリーマン生活に半分は(諦め半分で)満足していて、半分は(夢を持って)別の何かを実現したいと思っている。別の何かが何であるかについてはまだ決まっていない。

少なくとも、頭の中でずっと悶々と考えるだけの生活よりも、今は「ブログを通して人と知識や情報を共有していくこと」であったり、「ペンタブを活用してラインスタンプを描くこと」であったり、「投資について学びながら実践していくこと」を試行錯誤をしながら実践するようにしている。

 

ただ、実際に動き出すまでにはすごく悩んだりしていた。

 

「ブログを開設したところで、何が変わるの?」

「LINEスタンプ作ったところで、生活できるほど稼げるわけじゃないでしょ?」

「投資って、失敗したら大損しちゃうんでしょ?」

 

そんな否定的な自問自答を繰り返しながら、<やらない言い訳>を自分自身の中に作り上げてしまい、ずるずるとサラリーマン生活に甘んじていたが、ある時急に「別にちょっと失敗したくらいで人生終わるわけじゃないんだし、まずはやってみよう!!」と思い、後は流れと勢いに任せて一気に進めていくことになった。

 

自分自身、決して利口なわけではないが、「頭の中だけで考えすぎる」という悪い癖があることは自覚している。一方、「自分の長所を生かして、何かしら別の新しいことに挑戦してみたい」という漠然とした思いもあったりする。であればこそ、まずは「トライアンドエラー(Try & Error)」を繰り返しながら、ちょっとずつ修正を重ねていくほうが、「生きている実感」を強く感じることができるのだと気づかされた。

 

以前書いたエントリ「悩んだときは生きるか死ぬかではない『生き方』を考えろーまず『生きる』モードに切り替えてからスタートだー」程ではないかもしれないが、失敗を恐れていたり、挑戦すること自体を諦めていては、何も前には進まない。いっそ、「成功するまで失敗してやる!」くらい割り切って行動に起こしてみることのほうがよっぽど「お勉強」にもなるし、「何かしらの結果につながる」のだろう。

悩んだ時は、生きるか死ぬかではなく『生き方』を考えろーまず『生きる』モードに切り換えてからスタートだ!ー

 

 口先だけの利口な人、考えなしに動く人

それでは、口先だけの利口な人、考えなしに動く人、いったいどちらが優秀なのだろう。

今回参考にした堀江貴文氏の言う「言い訳をやめなさい」「バランスをとろうとしなくていい」「自意識とプライドを捨てなさい」という3つの格言に、1つ付け加えていいのであれば、「だけど、したたかでありなさい」というものだと僕は考えている。

 

確かに、口先だけの利口な人は、行動に起こすことは苦手である以上、言い換えれば「妄想癖・虚言癖」としか捉えられないこともあるだろう。一方、考えなしに動く人の場合は、「体力バカ・八方美人」としか捉えられないこともあるだろう。

どちらか一方に偏るのではなく、あくまでも「思い立ったらまず実践。だけど、したたかに計算しておくこと」を意識しておくことが一番重要で、一番強い人と言える。もちろん、この段階にまで至った人は、誰からもアドバイスされるでもなく、自分のやりたいことを、自分のやりたいように淡々と進めていくのだろう。

あくまでも僕のような“何となくやりたいことはあるけれど、どのタイミングで実践したらいいんだろう”と悩んでいる人にとっては、「きっかけ」あるいは「決意」こそが「実践への勇気」につながるのだと感じる。

 

最後に、“やりたいことはあるけど、時間がない”という方へ

「やりがいのある仕事をバリバリやりたい」が、「家族サービスのためのゆったりした時間も欲しい」。

「趣味の時間は今より減らしたくない」が、「もっと収入は欲しい」。

多くの人は、「バランス」をとろうとしすぎる。でも、それはちょっとずるいと思うのだ。

仕事も家庭も趣味も、なんでもかんでもいいとこどりで、バランスのとれた生活をしたいと言っておきながら、もっと時間を効率的に使いたいとか、チャレンジの多い人生を送りたいとか、人間関係で悩みたくないとか……。

それははっきりいって無理だ。

本当にやりたいことがあるのなら、バランスなんてとらないことをお勧めする。むしろ、極端でいいのだ。

【東洋経済ONLINE】「堀江貴文氏「“でも”が口癖の人は一生ダメ」

「良いとこ取りはずるい」という考え方。おっしゃる通り、この世の全てはトレードオフだと思う。人に何かをお願いしたいなら、その対価を払わなければいけない。自分が何かを達成したいなら、それに見合った労力を払って初めて手に入れることができる。「努力しないで、全てを手に入れたい」と考えてしまう気持ちはとてもわかるが、「その代わりに何かを捨てる」という覚悟を持つことが必要であるのを忘れないようにしたい。

 

そして、この項目は、少し前の僕自身に向けたものでもある。

 

“やりたいことはあるけど、いまは忙しくてできないよ”

 

そんな一見もっともらしい言い訳を隠れ蓑にして、いつまで経ってもうじうじしたままでいた僕。失敗が怖いだけじゃなくて、やりたいことを実践するために「今やっている無駄な習慣と決別すること」ができないでいただけの僕。

「時間」は、世界中のどんな人にも平等で、一年間365日、一日24時間、一時間60分与えられている。仕事だけでなく、家に帰ってぐったりする時間、ボーっとテレビを見る時間、アニメやゲームを楽しむ時間、電車移動の間にやるスマホソーシャルゲームの時間…

 

今にして思えば、どれも「本気になれば、削っても何ら問題のない時間」だった。

 

・家に帰ってぐったりするだけなら、メモ帳とペンを持って、やりたいことの構想を練るくらいはできる。

・ボーっと見るテレビから流れる雑音を消して、パソコンとペンタブで1つでも多くイラストを仕上げる。

・アニメやゲームを消費するだけでなくて、何がどのように面白いのか、つまらないのかブログで共有する。

・電車移動は、読書やニュースを読んで情報を常に更新する時間に充てることができる。

 

やりたいことを一つ一つ実践する中で、僕自身の「時間の使い方」と「生活習慣に対する意識」も変わっていった。消費するだけの毎日ではなく、何かしら次の一歩につながる行動を意識していくことで、段々と“時間がないからできない”という言い訳をすることはなくなっていった。

 

だからどうというわけではないが、少なくとも「生きること」に対して自分の選択を優先できていることで、今とても前向きに、とても明るく行動することができているように思える。

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