「まじめに頑張る人ほど損してる?」-”効率化”と”残業代”と”社内での評価”の三つ巴-
“もう、働きたくない”
どうも、七色たいよう(@nanairotaiyo)です。
きっと多くの社会人は、一度くらい口にしたことがあるのではないでしょうか。
労働者であれば、“時間”を売って、“対価(賃金)”を得るという至極当たり前の契約。
こうした契約を会社と交わした上で仕事に従事しています。
そして、対価を得るからには相応の責任や成果を求められることも必然。
しかし、業種によっては必ずしも頑張りや成果が対価に直結しないこともありますね。
実際に、僕が体験したことをここに綴ろうと思います。
「シャカイジン」「シゴト」大学時代と真逆の生活
僕も、社会人になってから6年と半年が過ぎようとしています。
就職をきっかけに、親元を離れて初めての一人暮らしを始めました。
大学の卒業式を終え、一人で住むための物件を探し、日用品などを買い漁りました。
実際に仕事が始まるまでの約1ヶ月間は、不安と期待が入り混じる不思議な毎日を過ごしていたように思う。
配属された部署は、“超繁忙期”。
前任者からの引継ぎは一切無く、いきなり資料の作成や200人ほどを対象としたプレゼンテーションをすることとなりました。
わからないことだらけで、毎日終電近くまで残って、電車に乗り遅れないように駅まで20分ダッシュして帰る日々が続きました。
自分の都合で時間割を組み、自分の都合でサークルに出たりと自由な時間を謳歌していた大学生活とは180度真逆の生活に。
それでも超繁忙期を乗り越え、ようやく職場の雰囲気にも慣れ始めた。そんな時、上司から言われた一言が今でも脳裏に突き刺さる。
「ねぇ、○○さん、何時くらいまでに帰りたい?」
そこで僕は
「資格や英語の勉強もしたいので、定時には帰りたいです」
そう言った瞬間、上司は大きな笑みを浮かべて、こう返しました。
「そうだね!それが理想だよね!だけど正社員で定時に帰るのは無理じゃないかなあ」
この時の上司の一言が、僕の中の“ナニカ”に火を点けたのだと思います。
「意地でも定時で帰ってやる!」シゴトに本気を出す
それからというもの、無駄な作業を徹底的に減らし、業務フローを見直した上で、常に1ヶ月先、半年先、1年先の仕事を見据えて仕事をするように意識しました。
①不要な資料を見極めて、ダンボール箱30個分ほどを一気に処分
②慣例で行っている業務の洗い出しと取捨選択、そして代替案の提示
③常に1ヶ月先の仕事を見据え、業務フローの見直しを実施
その結果、2年目が終わる頃には、繁忙期以外はほぼ毎日定時で帰ることができる環境を作ることができました。
「本気で環境を変えようとすれば、変えられないことはない!!」
こうして、定時で帰れるようになった僕を当時の上司は大変高く評価をしてくれました。
しかしながら、ここで問題になってくるのは、“仕事の成果(効率化の達成)”と”対価(残業代)”についてでした。
「頑張ったのに給料減!」“成果が対価に繋がらない”
残業が毎日のように続く頃は、残業代で一月分の手取りが上乗せされるくらいもらっていました。
しかし、上の通り、定時で帰れる体制を目指して業務改善を行った結果、残業代はほぼ0となった。
一方、すぐ隣の部署では、業務時間中に雑談していて、夕方になってからようやく業務にとりかかる“生活残業組”の先輩たちも多くいました。
彼らは、「仕事が忙しくて帰れない」と言い、定時で帰る僕に対し、「そっちの部署は暇そうでいいな」と言い放ってきました。
日中に雑談して、夕方から業務に取りかかる彼らに対し、僕はペコリと頭を下げて、まっすぐ自宅に帰った。
“ワークライフバランス”という言葉も使い古されるようになって久しく、もちろん定時で帰れることになったメリットはかなり大きい。
趣味の時間に充てることも、副業に充てることも自由だとはいえ、彼らの心ない言葉は、到底納得のいかない仕打ちでした。
「頑張って成果を出した人よりも、そこそこ仕事しているように見せて生活残業をしている人の方が実質的に得している」という現実に直面したのです。
その上、畑違いの部署からは“遅くまで残って頑張っている人がいるのに、あいつだけ定時で帰ってるぞ”という目で見られる可能性だってあります。
趣味や副業、友人や家族との時間を確保することは人生を豊かにするためにはとても重要です。
しかし、今の日本社会においては、“遅くまで残って一所懸命に仕事に打ち込んでいますよ”という一見無駄と思えるパフォーマンスにも、“会社からの評価”という面では一定の効果があることは否めません。
「頑張っても認められない」ということで悩んでいる方は、3回ほど大きく深呼吸をしてから、こう考えましょう。
「仕事の頑張りは7割で充分。残りの3割はプライベートのために残しておこう」