景気回復にも関わらず、なぜ賃金も改善されないの?ー人件費をコストと捉える経営者の思考と組織は人なりという事実の乖離ー
“ぜんっぜん、給料が上がらないんだけど…”
アベノミクスによる三本の矢が示されてから、早数年が経過した。日経平均株価は一時20000円を超え、ドル円は史上最高値の円高であった75円からあっという間に125円にまで円安が進行した。世間的には日本経済が景気回復傾向にあるように言われて久しい。
だが、本当にそうだろうか?
皆さんは、「景気回復しているなぁ!!」と実感できているのかな…と考えていた矢先、ロイターの記事にある種その答えになるような記載があったのを発見した。
企業利益や雇用改善はしている模様
2012年11月の総選挙以来、ほぼ3年となるアベノミクスのマクロ経済面の実績をまず手短に総括してみよう。成功分野も不振分野もあるが、目下の日本経済の成長阻害要因となっているのは、企業利益や雇用の回復にもかかわらず起こっている「賃金抑制」だ
まず成功面は、企業収益と株価の回復、雇用の改善だ。株価の回復は誰も承知のことなので繰り返さないが、四半期ベースの経常利益(法人企業統計、除く金融・保険)で見ると2015年4―6月期は19.2兆円でリーマンショック前のピーク時である2007年1―3月の水準を23.4%も上回る。
雇用面での改善も明らかだ。失業率は2012年12月の4.3%から2015年8月には3.4%まで0.9%低下し、有効求人倍率は0.83から1.23(含むパート、除く新卒)に上昇した。1.23という水準は1992年以来の高い水準だ。昨年12月の総選挙期間中には「増えたのは非正規雇用ばかりで、正規雇用は逆に減った」と野党は与党を批判したが、2015年8月時点の正規雇用は3329万人で2012年10―12月の3330万人と同じ水準まで復している。
【引用元】
ロイター コラム:日本に灯る「円高デフレ回帰」の黄信号=竹中正治氏
企業利益や雇用改善はしている。
でも、僕ら労働者の給与は増えないし、仕事も一向に楽にはならない。そうしてみると、何をもって「景気が回復している」と言えるのだろうか。
もしかしたら、【日本は】というマクロな視点で見て言っているのかもしれない。経済成長率や企業利益、雇用改善は確かに重要だし、国内全体の生活水準は底上げされるのだろう。
だけど、いち労働者として考えて見た時に消費税率は3%から5%になり、5%から8%にまで上がったせいで、大きな買い物をするにも必要以上の出費を強いられるようになり、所得税や住民全といったその他の税金も年々上がっているにも関わらず給与は上がらない(下がることはあるけど)。
スタグフレーションの到来もあり得る
かつてインフレが問題となった時期、例えば1970年代には、賃金の物価スライド的な決定方式と並んで「賃金の下方硬直性」が語られた。ところが今、私たちが目の当たりにしている状況はそれとは真逆の「賃金の上方硬直性」なのだ。短期から中期のタイムスパンでは、これが日本経済の最大の成長制約になっていると思う。
すなわち株価上昇による資産効果(資産価格の上昇による消費の増加)と円安による企業利益回復が進めば、雇用増加(失業率低下)が進み、雇用需給が逼迫(ひっぱく)する。それに伴い名目賃金も上昇、賃金上昇と物価上昇が進む景気拡大局面にいずれ移行するだろうと考えていた。
ところが、すでに見た通り失業率が3%台前半まで下がり、日銀短観の「雇用人員判断」を見ても大企業から中小企業までかなりの「人員不足超」状況を示しているにもかかわらず、賃金の上昇が抑制されている。そして、消費者物価指数(CPI)の変化は「食料(除く酒類)とエネルギーを除く総合」ベースで前年同月比0.8%にとどまっている(2015年8月)。
日本の賃金抑制の主因は、賃金が相対的に安く、労働時間も短いパートを主とする非正規労働者の増加と考えられているが、正規労働者の賃金の伸びも抑制されている。企業経営者は利益と売り上げ利益率双方の大幅な改善にもかかわらず、賞与は多少増やしてもベースアップには著しく慎重なままである。なぜだろうか。ここからは筆者の推測になるが、リーマンショック後にグローバルな規模で起こったかつてないほどの売り上げの落ち込みが、企業経営者のトラウマになっているのかもしれない。売り上げの長期的な低成長予想に加え、金融危機のような事態で「売り上げ急減がいつまた起こるかわからない」という恐怖心が、利益が過去最高を更新する状況でも、正規雇用の抑制、ベースアップの抑制、そして設備投資の遅延を起こしているのではなかろうか。
このままだと人手不足であるにもかかわらず賃金は上がらず、したがってゼロ%に近い低インフレのままで、設備投資も増えず、生産性も潜在成長率も上昇しない。そして、量的金融緩和とゼロ金利の出口にたどり着かないまま、すでに始まっている中国をはじめとする大型新興諸国の景気失速による外需の減少や資産価格の急落などのショックで不況へ突入するというリスクシナリオが現実のものになりかねない。
その場合には、景気後退と同時に株価や不動産など資産価格の下落、マイルドインフレ期待の挫折から最悪の形で円高デフレに回帰する可能性が高くなる。
【引用元】
ロイター コラム:日本に灯る「円高デフレ回帰」の黄信号=竹中正治氏
ロイターのコラムによれば、アベノミクスによる経済政策により、企業利益や雇用改善は達成しているとのこと。確かに上で述べたように株価や為替相場は軒並み上昇し、いわゆる「管制相場」としてぐんぐんと上昇していった。
多くの金融緩和やアメリカによる利上げ示唆といった多くの要素が絡んではいるが、株価や為替の面から見たら、ここ3年間で景気は大きく改善しているはずだ。
それにも関わらず一般労働者の賃金が伸びているように感じないのは、企業経営者の思考に問題があるためだと考えられる。景気が悪くなれば賞与カットや残業時間カットといったように企業も生き残りをかけてコスト削減に努める。
しかし一方で、一度引き下げた賞与や給与は景気が回復傾向にあったとしても引き上げられることは滅多にない。
企業経営者の多くは、「労働者の賃金」=「コスト(費用)」であると捉えている。そのため、わざわざ引き下げたコストである賃金を引き上げて企業の利益を減らす必要はないと考えるのだ。人件費抑制のため、人は減らされ続けるにも関わらず、仕事は増えていく一方で、段々と気持ちが滅入ってしまうこともあるだろう。
日本企業の一番の弱点が、「仕事を減らすことができない(業務の断捨離ができない)」だと感じている。慣例や感情、従来の関係性といった不合理な理由で時代遅れの業務フローを続け、他のどの企業も使っていないような古いシステムに依存する(さらに、多くの場合最新の技術よりも割高だ)。
こうした本当に無駄なコストを削減することには目を向けず、労働者の賃金カットにばかり知恵を絞る短絡的な発想には辟易してしまう。
単純に考えて、賃金が上がらなければ、可処分所得も増えない。
そうすると、当然起こるのは「節約志向」であって、その結果《モノが売れない》という状況に陥る。だけど、何故か株価や為替水準だけは上がっていって、物価自体は賃金の水準に反比例して高くなっていってしまう。
《どこかの企業がいずれ給与を上げて、うちの製品を買ってくれるだろう》なんて悠長なことを考えている間に、お互い共倒れになるリスクの方が圧倒的に高まっていくだろう。
少なくとも、今のままでは【景気が回復している】と実感することはできないし、これから先も大きく収入アップを見込めないからこそ、僕らは企業や国に依存しない《新しい働き方》を模索していく必要があるのかもしれない。