【すぐやる!】自分探しなんてしなくていいから、今すぐ「やりたいこと」に挑戦しよ!-続けられる人が、最後は一番強いんだ-
“自分が本当にやりたいことって何だろう”
どうも、七色たいよう(@nanairotaiyo)です。
ふとした時に脳裏を過る「やりたいことって何だろう」という気持ち。
学生時代を共に駆け抜けた掛け替えのない仲間たち。
がむしゃらに続けてきたスポーツ・読書・製作活動などの様々な趣味。
思い返せば、「学生時代」というのは「自分らしさ」を形作るための最高の準備期間だったのかもしれません。
先日、友人の結婚式の余興枠で、今流行りのオリエンタルラジオとレディオフィッシュの「パーフェクトヒューマン」を踊ってきました。
約2ヶ月の間、高校時代からダンスを一緒に練習してきた仲間とパーフェクトヒューマンの振り付けにブレイクダンスの振り付けを加えてアレンジしながら全体の振りを練習。
練習は深夜にまで及ぶことが多く、何度か終電を逃しかけました。
仕事をしながらダンスの練習時間を確保するのは、肉体的にも精神的にも厳しいものがありましたが、踊っている間はどれだけ辛いことがあっても、どれだけ大変なことがあっても、仲間と笑いながら練習を続けることができていました。
それまでは“「自分らしさ」って何だろう”とか、“「本当にやりたいこと」って何だろう”なんてぼんやりと思いながら、職場と自宅を往復する毎日。
こうしたきっかけにより僕にとっては「ダンスをしている瞬間」こそが「自分らしさ」そのものなのだということに気づきました。
では、「自分らしさ」の根底にあるものは何か?について考えたいと思います。
無闇に「自分探し」をしても意味はない
“「自分探し」をしているんだ”
そんな言葉で今の生活環境を形容するとなんだか少し誇らしげで、前に進んでいるように感じることもあるかもしれません。
ですが、その実態がコンビニ等でのアルバイトであったり、ただ家でゴロゴロしながらネットサーフィンをしているだけでは、永遠に「探し求める自分」に到達する事はありえません。
「自分」とは何者なのか。
「自分らしさ」とは何なのか。
「本当に好きなこと」とは何か。
頭の中で思考をぐるぐる、ぐるぐる回し続けていても、求める答えに突然到達することは不可能です。
もしも「自分探し」をしていて、求める答えに中々到達できずに悩んでいる人がいたら、まずやってほしいことが考えるのを止めて、まず《とにかく動いてみる》ということです。
少しでも興味がある分野であったり、好きなことであったりするものがあれば、実際に行動に移してみることが「自分探し」という道の第一歩となります。
ただ、できれば「作る側」に回ってほしいと思います。
イラストが好きなら、「観る」だけで満足せず「描いてみる」。
ダンスが好きなら、実際に「踊ってみる」。
映画が好きなら、「ショートムービー」を製作してYouTubeにアップロードしてみる。
勉強が好きなら、目標となる「資格」に向けて勉強をしてみる。
どんなことであっても、受け身側(閲覧・傍観)ではなく攻め手側(製作・提供)として動くことで、見えてくる範囲や感覚は大きく異なります。
「自分探し」をする際には、ぜひとも「行動を通じて挑戦する」という方法を試してみてください。
「好きなこと」を極めて「技術」として身につける
一概に「好きなこと」といってもそれが一つの人もいれば、いくつもある人もいると思います。
一つに絞れている人は、迷うことなく行動を起こしてみることをお勧めします。
それを続けることで、仲間ができ、経験を積めば積むほどそれが「技術」として自分の一部となります。
身につけた「技術」は、まさしくあなた自身のアイデンティティーに他なりません。
“芸は身を助く”
「身についた技芸があれば、何かの折に役に立ち、時には生計を立てる元になることもある。(故事ことわざ辞典より)」
いざという時にも、身につけた「技術(芸)」は、自分の人生・生活になんらかの影響を与えることが期待できます。
僕の場合は、「イラストを描ける」「ダンスができる」「パソコンの操作を人並み以上にできる」の3つがこれまで身につけた「技術(芸)」ですが、これまで何度もこれらの技術には助けられてきました。
どうせ何かに挑戦をするなら、一定のレベルの「技術」として身につけることができるまで続けていきたいですね。
身につけた「技術」こそが「自分らしさ」
上にも書いたように、身につけた「技術」は、自らのアイデンティティーそのものです。
「好きこそ物の上手なれ」と昔から言われるように、好きなことだから長く続けることができて、好きなことだからより貪欲に技術向上のための努力ができる。
大人になっても、いつまでも「夢見る少年」でいる人を時々見かけます。
ですが、夢をみるのは誰にとっても自由ですが、夢を叶えられるのは「今、行動を起こした人」にだけやってくるのが現実です。
人は、新しく学んだことを少しずつ体に刻み込んでいくように、身につけた技術を無意識に洗練させていくようになっている気がします。
昨日できなかったことが、今日できるかもしれない。
今日できなかったことが、明日できるかもしれない。
こうした日々の積み重ねこそ、「自分とは何か?」に対する答えにもつながっていくのだと思います。
まとめ
「自分が嫌いなんです」
そんな悲劇のヒロイン状態に陥る前に、僕が言いたいのはただ一言。
いつまでも何処かの誰かを批判して、羨んで、悔しがって、ウジウジしているくらいなら、いっそ自分が主人公になったらいいじゃないですか。
「俺ならもっと上手くできるね!」
「あー、そこはそうじゃないだろ!俺があ選手だったら、、、」
そうした言葉を並べる時間があるのでれば、いっそそっと口を閉じ、行動に移してみましょう。
間違いなく挫折しそうな瞬間がやってきます。
間違いなく誰かから批判を受けます。
間違いなく自分には才能がないかもしれないと思います。
間違いなく「もう辞めようかな」と感じます。
そこで、あえてそこで、踏ん張り抜いてこそ次のステップが見えてくるはずです。
「言葉で語る大人」よりも、「背中で語る大人」で在ることができるように、コツコツ努力を続けていきましょう。